JR北海道 余市駅
余市(よいち)
函館本線 仁木 余市 蘭島
所在地 北海道余市郡余市町黒川町5丁目43番地7
駅番号 S18
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 函館本線
キロ程 232.6km(函館起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
乗降人員  1,280人/(2018年) 
開業年月日 1902年(明治35年)12月10日
駅種別 直営駅(管理駅) みどりの窓口
余市駅
余市駅
駅名標 出札窓口
駅名標 出札窓口
H100形気動車 みどりの窓口
H100形気動車 みどりの窓口
キハ150形気動車 ホーム
キハ150形気動車 ホーム
余市駅(よいちえき)は、北海道余市郡余市町黒川町5丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)函館本線の駅である。
駅番号はS18。電報略号はイチ。事務管理コードは▲130112。
余市町唯一の駅であり、かつては特急「北海」、急行「ニセコ」・「らいでん」などの停車駅であった。
函館本線のいわゆる「山線」区間の中では小樽駅に次いで乗降客数が多く、小樽駅から当駅折り返しの列車も設定されている。

歴史

  • 1902年(明治35年)12月10日:北海道鉄道然別駅 - 蘭島駅間の開通に伴い開業。一般駅。
  • 1907年(明治40年)7月1日:北海道鉄道の国有化に伴い、国有鉄道に移管。
  • 1909年(明治42年)10月12日:国有鉄道線路名称制定に伴い、函館本線の駅となる。
  • 1933年(昭和8年)5月10日:余市臨港軌道の当駅 - 浜余市駅間開通。
  • 1940年(昭和15年)7月25日:余市臨港軌道線廃止。
  • 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道(国鉄)に継承。
  • 1953年(昭和28年)5月3日:駅舎全焼。
  • 1954年(昭和29年)
    • 3月24日:駅舎再建。
    • 8月21日:昭和天皇、香淳皇后のお召し列車が狩太駅発 - 余市駅着で運転。
  • 1981年(昭和56年)10月1日:同日のダイヤ改正で特急「北海」停車駅となる。
  • 1984年(昭和59年)2月1日:貨物取扱い廃止。
  • 1985年(昭和60年)3月14日:荷物取扱い廃止。
  • 1986年(昭和61年)11月1日:特急「北海」・急行「ニセコ」廃止に伴い、定期優等列車の停車がなくなる。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる。
  • 1996年(平成8年)3月19日:観光物産センター「エルラプラザ」との複合駅舎完成。
  • 2007年(平成19年)10月1日:駅ナンバリングを実施。

駅構造

単式・島式ホーム混合の2面3線を持つ地上駅。
ホーム間の移動は跨線橋で行い、単式ホームに駅舎が接している。
駅舎は1996年(平成8年)に改築された鉄筋コンクリート造2階建てで、スコットランド風の外観である。
「余市町観光物産センター」(エルラプラザ)を併設しており、2階には「スキー王国余市展示ホール」がある。
また、北海道中央バス余市案内所がある。
直営駅で早朝・深夜を除き駅員が配置されている。自動券売機・みどりの窓口設置。
函館本線の当駅-銀山駅間を管理下においている。

のりば

番線 路線 方向 行先 備考 
1 函館本線   下り 小樽・札幌方面  
2 上り 然別・倶知安方面   
3 夜の1本のみ
下り 小樽・札幌方面 当駅折り返し 

余市臨港軌道  
余市駅
瀬棚線 余市 黒川町
所属事業者 余市臨港軌道
所属路線 余市臨港軌道線
キロ程 0.0km(余市起点)
駅構造 地上駅
開業年月日 1933年(昭和8年)5月10日
廃止年月日 1940年(昭和15年)7月25日
余市臨港軌道(よいちりんこうきどう)は、かつて北海道余市町の町内を通っていた軌道路線、およびその運営会社である。
1926年(大正15年)、札幌や函館、旭川、それに地元余市の有力者が中心となって北海道鉄道軌道の軌道敷設特許を申請した。これは余市駅と市街地の沢町を結ぶ本線と、浜中で分岐し大川町へ向かう支線を含む全長1マイル73チェーン、1067mm軌間の電気軌道であり、電動客車と電気機関車を用いる計画であった。1929年(昭和4年)に特許を得、翌1930年(昭和5年)に余市電鉄が設立されて事業を進めた。
ところが、余市駅付近の併用軌道敷設が安全性への不安を理由に地元住民より反対され、この区間を専用軌道に変更することになり、建設費がかさんだのに加えて、不漁と冷害、金融恐慌が重なって資金が集まらず社業は頓挫、申請していた電車の設計認可願を取下げる事態となった。
余市電鉄から工事と車両調達を請け負っていた東京の鉄道用品ブローカー・小島栄次郎工業所は、参画していたこの事業の中絶を防ぐため(資金回収ができなくなるおそれがあった)、幹部である小島豊三の名義で軌道敷設権を譲受け、新たな法人の「余市臨港軌道」を設立した。
このため、余市臨港軌道株式会社の名目上の本社は、東京市麹町区(当時)の小島栄次郎工業所内に置かれていて実質的には小島工業所と一体であり、軌道を運行する余市町の現場側は「営業所」とされた。
同社は余市駅から浜余市に至る2.75kmの軌道を建設し、1933年(昭和8年)5月10日に開業した。この間、電気に加えて蒸気とガソリンの動力併用を認可され、開業時にはガソリン機関車1両と2軸ガソリン客車2両を用いた。1935年(昭和10年)には冬期に運行したいとの理由で蒸気動車を大阪電気軌道より譲り受けて使用した。
結局最後まで電化されることはなく(1937年申請で電気動力の認可を廃止)、蒸気・ガソリン動力のみで運行された。
沿線に移設された余市青果魚市場への引込線が1937年(昭和12年)に設置されると貨物輸送は増加したが、最盛期でも年間旅客数は5万人余り、貨物は5500トン余りと振わなかった。
このため、冬期の軌道休業時に限定して運行認可を得ていた乗合自動車を通年運行とし、併行する自動車事業を買収することで自動車専業の会社として再生する道を選び、開業からわずか7年の1940年(昭和15年)に軌道は廃止となった。
商号を余市臨港バスに変更しバス専業となったが、1942年(昭和17年)10月12日に発表された北海道における旅客自動車運輸事業統合要綱(いわゆる戦時統合)により、1943年(昭和18年)3月1日付で北海道中央乗合自動車(現・北海道中央バス)へ譲渡した。

路線データ
  • 管轄:日本国有鉄道(国鉄)
  • 区間(営業キロ): 余市 - 浜余市 2.75km
  • 軌間:1,067 mm(狭軌)
  • 駅数:7駅(起終点駅を含む)
  • 複線区間:なし(全線単線)
  • 電化区間:なし(全線非電化)
  • 閉塞方式:タブレット閉塞式
  • 根拠法:軌道法