| 落部(おとしべ) |
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| 所在地 |
北海道二海郡八雲町落部 |
| 駅番号 |
○H57
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| 所属事業者 |
北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 所属路線 |
■函館本線 |
| キロ程 |
66.1km(函館起点) |
| 駅構造 |
地上駅 |
| ホーム |
2面3線 |
| 乗降人員 |
62人/(2015年) |
| 開業年月日 |
1911年(明治44年)8月5日 |
| 駅種別 |
無人駅 |
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| 落部駅 |
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| 駅名標 |
出札窓口 |
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| キハ150形気動車 |
構内踏切 |
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| キハ40系気動車 |
待合所 |
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落部駅(おとしべえき)は、北海道二海郡八雲町落部に所在する北海道旅客鉄道(JR北海道)函館本線の駅である。駅番号はH57。電報略号はオヘ。事務管理コードは▲140119。
1903年(明治36年)に北海道鉄道によって森駅 - 熱郛駅間が開業した際、落部村(当時)の付近では茅部(石倉)・落部・野田追(野田生)に駅を設置する予定であったが、当時の落部村では、「従来落部は宿場であり、旅人宿・飲食店・その他の商業は、宿場であるがゆえに反映したのであって、停車場が開設されることによって旅行者は村を素通りし、そのために村の繁栄が損われる」として駅設置に反対したとされるため、当駅は設置されなかった。
その後、1907年(明治40年)に宮内省御料局が落部御料林の輪伐、官有地300町歩解放を発表すると、輪伐材搬出と解放地への入植に伴う生産物・物資の輸送のため、当駅設置の請願運動がなされ、当駅が設置されることとなった。
歴史
- 1911年(明治44年)8月5日:国有鉄道函館本線の駅として開業(一般駅)。当時はのちに国道5号となるルートが線路用地であり、駅も2023年現在の地から少し離れた位置(現駅より200m海側)に設置された。
- 1945年(昭和20年)
- 7月20日:当駅を含む石倉駅 - 野田追駅(現:野田生駅)間が複線化されるが、当駅前後は上り線のみ新線に移行。
- 前述のように当駅前後の旧線は現在の国道5号のルートに準じており、石倉駅を出て現在の八雲町栄浜地区付近から、最大16‰の急勾配で段丘上に駆け上がり、現在線(第1・2落部トンネルで通過)を越えて海側に出て一旦落部市街に下ったあと、再び段丘と共に現在線を越えて山手に入り、野田追川を渡る手前(2023年現在の八雲町東野地区)で築堤で降りてきて現在線と合流する、という線形であり、戦時中の輸送力増強の一環としてこれを最急勾配6‰に緩和し、加えて複線化するべく1942年(昭和17年)から複線新線への移行が進められていた。
- 新線は複線で路盤・トンネルがほぼ完成していたものの、当駅 - 野田追駅間の第3落部トンネルのみが単線トンネル2本で複線とするところ片方のみ完成していたことから、暫定的に上り線のみが移転して上下列車を分離し複線化した。
- しかし、最小曲線半径と前後の取り付けの都合、落部駅は200mほど山側に移転することになっていたため、この上り線のみの移行により2023年現在の国道5号の位置にあった旧線(下り線として継続使用)と上り線の乗降場位置が約200m離れることとなり、一時は駅助役を6・7名配置した。しかし、複線化が同年8月15日の終戦とその後の混乱により中断してしまい、しばらくこの状態が続いた。
- 10月:駅舎本屋を現在地(新線側)に移転。
- 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道(国鉄)が継承。
- 1958年(昭和33年)12月10日:次のように変更。
- 石倉駅 - 当駅間の新線を複線化し、暫定下り線(旧線)を廃止。
- 併せて当駅下り線ホームを現在地に移転・統合。上りホーム待合室を増築。
- 当駅 - 野田追駅間は暫定下り線(旧線)の使用を終了し、暫定上り線(新線)のみを利用した単線とする。
- 1968年(昭和43年)9月21日:当駅 - 野田生駅(1959年〔昭和34年〕現名に改称)間を再び複線化。
- 1980年(昭和55年)5月1日:貨物扱い廃止。
- 1981年(昭和56年)10月1日:同日のダイヤ改正で急行列車停車駅となる。
- 1984年(昭和59年)2月1日:急行「せたな」の快速化により優等列車の停車がなくなる。荷物扱い廃止。
- 1986年(昭和61年)11月1日:無人化。簡易委託駅となる。
- 1987年(昭和62年)
- 3月16日:瀬棚線廃線に伴い、快速「せたな」廃止。代替列車として函館駅 - 長万部駅間に快速「アイリス」運行開始。
- 4月1日:国鉄分割民営化に伴い、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる。
- 1991年(平成3年)12月:駅舎改築。
- 2007年(平成19年)10月1日:駅ナンバリングを実施。
- 2019年(令和元年)10月1日:簡易委託廃止。完全無人化。
駅名の由来
所在地名(旧落部村)から。地名はアイヌ語の「オテㇱペッ(o-tes-pet)」(川尻・梁・川)や、「オテㇱウンペッ(o-tes-un-pet)」(川尻・梁・ある・川)、あるいは「オテㇱウンペ(o-tes-un-pe)」(川尻・梁・ある・処)などの、「テㇱ(tes:梁)」があったことから名付けられた地名に由来するとされ、1973年(昭和48年)に国鉄北海道総局が発行した『北海道 駅名の起源』ではアイヌによるサケ漁地であった、と紹介している。
駅構造
カーブを描いた島式・相対式複合ホーム2面3線を持つ地上駅である。
ホーム同士は、中央の構内踏切で結ばれている。3番線は下り待避線である。
2019年(令和元年)9月30日までは簡易委託駅で、受託者が乗車券(総販券(金額表示式))を発売していた。
八雲駅管理の無人駅である。駅舎は木造である。
かつては、札幌行きの寝台特急北斗星が3番線に運転停車し、北斗星より後に函館駅を出発した札幌行きスーパー北斗1号が2番線を通過して、特急同士の追い越しを行っていた。(なお、スーパー北斗1号は、2014年3月のダイヤ改正で函館出発時刻が繰り上げとなったことにより、当駅での追い越しはなくなった。)
のりば
| 番線 |
路線 |
方向 |
行先 |
| 1 |
■函館本線 |
上り |
森・函館方面 |
| 2 |
| 下り |
長万部方面 |
| 3 |
(待避線) |
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