| 熱郛(ねっぷ) |
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| 所在地 |
北海道寿都郡黒松内町字白井川 |
| 駅番号 |
○S29
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| 所属事業者 |
北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 所属路線 |
■函館本線 |
| キロ程 |
140.4km(函館起点) |
| 駅構造 |
地上駅 |
| ホーム |
2面2線 |
| 乗降人員 |
6人/(2014年) |
| 開業年月日 |
1903年(明治36年)11月3日 |
| 駅種別 |
無人駅 |
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| 熱郛駅 |
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| 駅名標 |
駅舎 |
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| キハ150形気動車 |
H100形気動車 |
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| 待合所 |
構内踏切 |
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熱郛駅(ねっぷえき)は、北海道(後志総合振興局)寿都郡黒松内町字白井川(しろいかわ)にある北海道旅客鉄道(JR北海道)函館本線の駅である。
駅番号はS29。電報略号はネツ。事務管理コードは▲140133。
函館支社管轄の北端にあたり、次の目名駅から滝川駅までは、北海道旅客鉄道鉄道事業本部管轄となる。
歴史
- 1903年(明治36年)11月3日:北海道鉄道 森駅 - 当駅間の開通に伴い、同線の熱郛駅(ねっぷえき)として開業。一般駅。
- 1904年(明治37年)10月15日:北海道鉄道 当駅 - 小沢駅間が延伸開業。同時に、歌棄駅(うたすつえき)に改称。
- 1905年(明治38年)12月15日:熱郛駅に再改称。
- 1907年(明治40年)7月1日:北海道鉄道の国有化に伴い、国有鉄道に移管。
- 1909年(明治42年)10月12日:国有鉄道線路名称制定に伴い、函館本線の駅となる。
- 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道(国鉄)に継承。
- 1975年(昭和50年)2月7日:貨物扱い廃止。
- 1984年(昭和59年)2月1日:荷物扱い廃止。
- 1986年(昭和61年)11月1日:簡易委託駅となり、無人化。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる。
- 1990年(平成2年)12月15日:駅舎改築。
- 1992年(平成4年)4月1日:簡易委託廃止、完全無人化。
- 2007年(平成19年)10月1日:駅ナンバリングを実施。
- 2016年(平成28年)3月26日:同日のダイヤ改正で、朝の当駅始発長万部行き上り列車1本を倶知安発の始発列車に統合し、当駅始発列車が消滅。
- 国鉄時代、当駅 - 上目名駅間に北海道総局(札幌鉄道管理局。現在のJR北海道本社鉄道事業本部)と青函船舶鉄道管理局(現在のJR北海道函館支社)の境界があったため、長らく当駅始発の区間列車が設定され、一部列車は長万部駅から急行「せたな」として函館駅まで直通した。
- この当駅始発長万部行きの区間輸送が残っていた理由は、北海道教育委員会が定める高等学校通学区域の特例として、黒松内町の一部(寿都町と境界を接する黒松内町作開地区を除く)が北海道長万部高等学校の通学区域に入っているので、その通学の便を図るためであった、とされている。
駅名の由来
当駅の所在地近辺の地名より。地名は、アイヌ語の「クンネ・ネッ・ペッ」(黒い標木(目印となっている木)の川)の詰まった言葉に由来する。
旧駅名の歌棄(うたすつ)は、アイヌ語の「オタ・シュツ」(浜の草原が尽きて砂原に掛かる辺り)に由来する。
駅構造
相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、列車交換可能な交換駅となっている。
互いのホームは駅舎側ホーム西側と対向側ホーム西側部分を結んだ構内踏切で連絡している。
駅舎側(南側)ホームが上下共用の1番線、対向側ホーム(北側)がやはり上下共用の2番線となっている。
そのほか2番線旭川方から構内中央部分までの行き止りの側線を1線有している。
この側線は1983年(昭和58年)4月時点では1番線の函館方にて合流する中線であった。
1983年(昭和58年)4月時点ではそのほか1番線函館方からホーム西側まで戻る形の行き止りの側線(貨物側線)を1線有していた。この側線と中線の函館方転轍機は1993年(平成5年)3月までには撤去されていた。
長万部駅管理の無人駅となっている。駅舎は構内の南側に位置しホーム中央部分に接している。
有人駅時代の駅舎は改築され、「熱郛ホール」と名付けられた、町民サロンを併設し、出入口に三角屋根の庇と明かり窓を有し、木製板張りの内装の駅舎となっている。
周囲の自然豊かな山々をイメージし、雪に備えて基礎を高くして階段を備えた建物である。駅舎内にトイレを有する。
また、人形の置かれたショーケースが設置されている。
のりば
| 番線 |
路線 |
方向 |
行先 |
| 1・2 |
■函館本線 |
上り |
長万部方面 |
| 下り |
倶知安・小樽方面 |
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