| 岩見沢(いわみざわ) |
| 函館本線 |
|
上幌向 |
→ |
岩見沢 |
→ |
峰延 |
| 室蘭本線 |
|
志文 |
→ |
|
|
|
| 所在地 |
北海道岩見沢市有明町南1-1 |
| 駅番号 |
○A13 |
| 所属事業者 |
北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 駅構造 |
地上駅(橋上駅) |
| ホーム |
3面5線 |
| 乗車人員 |
3,763人/(2024年) |
| 開業年月日 |
1884年(明治17年)8月15日 |
| 乗入路線 2 路線 |
| 所属路線 |
■函館本線 |
| キロ程 |
326.9km(函館起点) |
| 所属路線 |
室蘭本線 |
| キロ程 |
211.0 km(長万部起点) |
| 駅種別 |
直営駅(管理駅)
みどりの窓口
話せる券売機設置駅 |
|
 |
| 岩見沢駅 |
|
|
 |
 |
| 駅名標 |
改札口 |
 |
 |
| 731系電車 |
ホームと跨線橋 |
 |
 |
| キハ40形気動車 |
コンコース |
|
岩見沢駅(いわみざわえき)は、北海道岩見沢市有明町にある北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅である。
所属線である函館本線に当駅を終点とする室蘭本線が乗り入れる。
電報略号はイワ。駅番号はA13。事務管理コードは▲130133。
北海道内で最古の鉄道である幌内鉄道の駅のひとつとして開業し、砂川方面や室蘭方面への延長拠点として発展して来た。幌内鉄道の小樽-岩見沢間がのちの函館本線に組み込まれた後も、残存部が支線となった幌内線や、室蘭本線志文駅から万字線が乗り入れたほか、戦後の高度成長期に増大した貨物輸送量を支えるために、東京以北で最大の操車場であった岩見沢操車場も存在した。幌内線・万字線が廃止された現在でも、隣接するバスターミナルには周辺市町村からのバス路線が集結しており、交通の要衝としての役目を担っている。
また、現駅舎(4代目駅舎)は全国初の公募型コンペでデザインを選定し、2009年度グッドデザイン賞大賞を受賞した事でも知られ、2013年からは駅舎ガイドツアーが開催される事もある。こうした駅舎のガイドツアーは大都市圏以外では珍しく、北海道内の駅で開催しているのはこの岩見沢駅が唯一とされる。
歴史 かつては幌内炭鉱(三笠市)や空知炭鉱(歌志内市)をはじめとする空知地方の石炭を手宮・室蘭・苫小牧の港へ運ぶ貨物列車が多く往来したが現在は炭鉱の閉山により石炭輸送はなくなり、旅客輸送も札幌が中心となった。
大和田建樹が1906年に作詞した『鉄道唱歌』北海道編北の巻では、幾春別炭鉱、幌内太炭鉱、幌内炭鉱へのアクセス駅であったことが歌われている。
年表
- 1882年(明治15年)11月13日:官営幌内鉄道札幌 - 幌内間開通。停車場(駅)は江別、幌内太(→三笠)、幌内の3箇所と、フラグステーションの白石、幌向太(→幌向)の2箇所であり、岩見沢は開設されていなかった。
- 1884年(明治17年)8月15日:岩見沢フラグステーションとして開業。
- 1885年(明治18年)11月:停車場を新築開設。
- 1889年(明治22年)12月11日:北海道炭礦鉄道に譲渡。
- 1891年(明治24年)7月5日:空知線(当駅 - 砂川駅 - 歌志内駅間)延伸開業。北海道炭礦鉄道が岩見沢機関庫設置。
- 1892年(明治25年)
- 上期:駅舎移転、改築。
- 8月1日:室蘭線(当駅 - 室蘭駅間)延伸開業。
- 1898年(明治31年)
- 上期:跨線橋設置。
- 9月:北海道炭礦鉄道が岩見沢製作所設置。
- 1899年(明治32年)
- 1月28日:岩見沢機関庫焼失。機関車2両焼損。
- 11月1日:岩見沢製作所が岩見沢工場へ名称変更。
- 1900年(明治33年)上期:岩見沢機関庫再設置。
- 1904年(明治37年)3月:北海道炭礦鉄道、本社を岩見沢へ移転。
- 1906年(明治39年)10月1日:鉄道国有法により買収、国有化。岩見沢工場は旭川工場の分工場扱いとなる。
- 1907年(明治40年)7月1日:旭川工場岩見沢分工場が岩見沢工場となる。
- 1913年(大正2年)6月2日:岩見沢機関庫設置(事務手続き上)。
- 1914年(大正3年)4月1日:岩見沢検車所設置。
- 1915年(大正4年)
- 8月:岩見沢工場が苗穂工場岩見沢派出所となる。
- 10月11日:苗穂工場岩見沢派出所廃止。これ以後、岩見沢で車両製造及び修繕は行われなくなった。
- 1926年(大正15年)8月15日:駅南西側(札幌方面)に岩見沢操車場完成。
- 1933年(昭和8年)12月24日:3代目となる駅舎に改築。
- 1936年(昭和11年)9月1日:機関庫を機関区に名称変更。
- 1945年(昭和20年)6月22日:岩見沢材修場(レールセンター)設置。
- 1949年(昭和24年)7月2日:跨線橋の改築を竣工、コンクリート製に改める。
- 1950年(昭和25年)2月10日:岩見沢客貨車区設置。
- 1954年(昭和29年)8月11日:昭和天皇、香淳皇后が岩見沢市に行幸啓。岩見沢駅発 - 砂川駅着のお召し列車が運転。
- 1957年(昭和32年)3月:本屋側仕分線群を操車場へ移設。
- 1961年(昭和36年)
- 6月6日:自動券売機設置。
- 10月1日:室蘭本線の岩見沢駅 - 志文駅間の線路容量不足解消のため、操車場より西側の上幌向駅近くから分岐する別線を増設し、使用開始。現在はこちら側が本線となり、かつての本線は撤去されている。(右記の1976年の空中写真には、旧線の線路が残っている。)
- 1962年(昭和37年)3月:操車場の改良工事竣工。これに伴って操車場は4区に分かれ、それぞれ操北ヤード(函館本線下り仕分線群)、操西ヤード(函館本線上り仕分線群)、操東ヤード(室蘭本線仕分線群)、操南ヤード(室蘭本線副本線群)と称される。
- 1966年(昭和41年)11月10日:千葉県館山駅と姉妹駅提携を締結。
- 1968年(昭和43年)8月1日:操車場南西部に第1次電化開業の電気機関車基地として第二機関区開設。同時に既設の機関区を第一機関区と名称変更。
- 1975年(昭和50年)12月14日:室蘭本線、室蘭駅 - 岩見沢駅間で日本で最後の蒸気機関車牽引の定期旅客列車が運行される。
- 1980年(昭和58年)10月1日:貨物ヤード廃止。
- 1985年(昭和60年)3月31日:万字線廃止。
- 1986年(昭和61年):3月ダイヤ改正や北海道21世紀博覧会に向けて駅舎内外装のリニューアルを実施。外装の木目調化や正面風防室のステンレス化、改札口・ホーム間の傾斜除去や待合室床のタイル貼り化、改札ラッチを3箇所から2箇所に減らし内1箇所を出改札兼用とし出札口を通常閉鎖とした。
- 1987年(昭和62年)
- 4月1日:国鉄分割民営化により、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる。
- 7月13日:幌内線廃止。
- 1989年(平成元年)7月1日:1番線を電化、室蘭本線専用から函館本線兼用とする。
- 1998年(平成10年)12月5日:自動改札機導入。
- 2000年(平成12年)12月10日:漏電による火災で3代目駅舎焼失、以後は24日に完成したプレハブ仮駅舎で営業。
- 2001年(平成13年)3月:跨線橋エレベーター増築竣工。
- 2005年(平成17年)3月5日:岩見沢駅舎建築デザインコンペ最終審査を実施。
- 2006年(平成18年)4月1日:岩見沢レンガプロジェクト刻印レンガの参加者募集開始(9月30日まで)。
- 2007年(平成19年)
- 6月23日:複合駅舎暫定開業。
- 6月29日・30日:「ありがとう!仮駅舎 グランドフィナーレイベント」開催。
- 10月1日:駅番号設定。
- 2008年(平成20年)
- 10月25日:函館本線・江別方面でICカード「Kitaca」の利用が可能となる。
- 12月6日:岩見沢レンガプロジェクト刻印レンガの壁除幕式。
- 2009年(平成21年)
- 3月30日:有明交流プラザ・有明連絡歩道完成により複合駅舎全面開業。
- 11月6日:複合駅舎がグッドデザイン賞大賞を受賞。
- ウィキニュースに関連記事があります。JR北海道・岩見沢駅舎が2009年度グッドデザイン大賞を受賞
- 2012年(平成24年)7月19日:複合書店のMUSIC&MOVIE&MAGAZINE m'z(エムズ)がオープン。
- 2013年(平成25年)9月4日:m'z店内に観光案内所iWAFO(イワホ)が入居。
- 2014年(平成26年)11月19日:iWAFO拡張工事(同月26日完了)により、m'zが退去。(近隣の岩見沢ポルタで営業する系列書店に統合)
- 2015年(平成27年)4月16日:岩見沢観光協会がiWAFO内に入居。
- 2017年(平成29年)
- 3月18日:ツインクルプラザ(旅行センター)が閉店。
- 3月24日:ふらっと(カフェ・物産展示販売・障害者福祉相談所)閉店。
- 10月31日:北欧JR岩見沢店(パン店)閉店。
- 2018年(平成30年)
- 3月25日:iWAFOが退去(翌4月に観光協会を拡張する形で代替の土産物店が開設)。
- 4月2日:ふらっと跡にいわみざわ農園(軽食販売店)が開店。
- 5月25日:業態転換のためキヨスク閉店(キヨスクで取り扱っていた駅弁は以後、観光協会での販売に移行)。
- 7月18日:セブンイレブン北海道ST岩見沢店開店(キヨスク跡と北欧JR岩見沢店跡と合わせた2店分のスペースを使用)。
- 2024年(令和6年)
- 3月16日:函館本線・旭川方面でICカード「Kitaca」の利用が可能となる。
- 12月9日:いわみざわ農園跡にI Three EIGHT(カフェ)が開店。
駅構造 単式1面1線と島式2面4線を合わせた計3面5線を有する地上駅だが、跨線橋と駅舎3階の改札口が直結しているため構造的には橋上駅に近い。ホームのない副本線(2・5番線)もあり、2番線は主に貨物列車の発着、5番線は車両の留置などに使用される。夜間滞泊設定駅であり、7番線以降にも多数の側線を有する。
社員配置駅。みどりの窓口、自動券売機、話せる券売機、自動改札機、セブンイレブン北海道ST(北海道キヨスク運営)設置。Kitacaは函館本線のみ利用可能で、室蘭本線では利用できない。また、当駅から苫小牧駅方面へ室蘭本線経由で行く場合も利用できない。
3・4番ホームには木彫りの「ばんばの像」が設置されている。1980年4月10日に設置され、ばんえい競馬(岩見沢競馬場での開催は2006年をもって終了)をPRする目的で、岩見沢市が彫刻家の中川貞司(旭川市在住)へ依頼し製作された。製作費の250万円と付属のそりは岩見沢市が負担、馬具一式は馬主会長であった松浦慶三より岩見沢駅へ寄贈された。重量は1トンにも及ぶ。
岩見沢市は道内でも有数の豪雪地帯となっており、特別豪雪地帯に指定されている。冬季には駅構内の除雪が間に合わず列車に遅れや運休が発生することや、深夜・翌朝の列車を計画的に運休し、夜間の除雪作業を行うことがある。
のりば
| 番線 |
路線 |
方向 |
行先 |
備考 |
| 1 |
■函館本線 |
上り |
札幌・小樽方面 |
主に当駅折り返し普通列車用。1989年まで長らく非電化であり、それ以前は幌内線と万字線の発着に利用された。 |
| ■室蘭本線 |
上り |
苫小牧方面 |
|
| 3 |
■函館本線 |
上り |
札幌・小樽方面 |
|
| 下り |
滝川・旭川方面 |
主に折り返し普通列車 |
| 4 |
■函館本線 |
上り |
札幌・小樽方面 |
主に特急列車 |
| 6 |
■函館本線 |
下り |
旭川・稚内・網走方面 |
主に特急列車 |
| 7 |
■函館本線 |
上り |
札幌・小樽方面 |
主に折り返し普通列車 |
| 下り |
滝川・旭川方面 |
|
駅舎
1933年建築の3代目駅舎(木造2階建、延床面積1,070平米)は当時道内で由仁駅(2006年改築のため解体)、上白滝駅(2016年廃止)に次ぐ古さだったが、2000年12月10日未明、漏電による火災で全焼した。その後すぐにプレハブの仮駅舎(2階建、延床面積400平方m)を設置したものの、当時は駅前再開発による市街地分断の解消案として鉄道高架化を検討していた時期だったため新築計画の確定に時間を要し、仮駅舎での営業が5年以上も続く事となった。
新駅舎の基本計画が市施設・自由通路併設型へ確定した事に伴い、岩見沢市とJR北海道は、駅舎としては全国初の試みとなるデザインの一般公募(岩見沢複合駅舎建築デザインコンペ)を2005年3月5日に実施。応募総数376案の中から有限会社ワークヴィジョンズ・西村浩の案が最優秀賞として採用された。
現駅舎は鉄道の南側に建設され、正面から見て中央の岩見沢駅本体・左側の有明交流プラザ・右側の有明連絡歩道という3つのブロックに分かれた構造。2006年7月に着工し、2007年6月23日に岩見沢駅本体が暫定開業。その後、西側の仮駅舎跡地に有明交流プラザ、東側に有明連絡歩道を建設しながら駅舎本体の仮設出入口の封鎖などが行われ、2009年3月30日に全面開業した。
なお駅舎建設にあたって、外壁用レンガに自分のイニシャルなどを刻印する「岩見沢レンガプロジェクト(通称・らぶりっく!! いわみざわ)」という企画が行なわれた。そのためプロジェクト参加者が訪れて自分のレンガを探したり、旅行者がレンガの刻印に見入る光景を見られる事がある。また、駅舎の2~3階および自由通路上は大部分がガラス張りとなっており、岩見沢駅前の街並みや駅構内の風景を一望できる。
| JR北海道幌内線 |
| 岩見沢駅 |
|
|
| 所属事業者 |
北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 所属路線 |
幌内線 |
| キロ程 |
0.0km(岩見沢起点) |
| 駅構造 |
地上駅 |
| 開業年月日 |
1884年(明治17年)8月15日 |
| 廃止年月日 |
1987年(昭和62年)7月13日 |
幌内線(ほろないせん)は、日本国有鉄道(国鉄)、及び北海道旅客鉄道(JR北海道)が運営していた鉄道路線(地方交通線)。
北海道(空知支庁管内、現在の空知総合振興局)岩見沢市の岩見沢駅で函館本線から分岐し三笠市の幾春別駅に至る本線と、同市の三笠駅から分岐し幌内駅に至る貨物支線から成り立っていた。
国鉄再建法の施行により第2次特定地方交通線に指定され、1987年(昭和62年)7月12日限りで全線廃止となった。
幾春別駅間が支線であったが、三笠駅 - 幌内駅間の旅客輸送を廃止した際に同区間を貨物支線としたため、廃止時点では岩見沢駅 - 幾春別駅間が本線、三笠駅
- 幌内駅間が貨物支線であった。
歴史
1882年に官営幌内鉄道により開業した、道内で最も古い鉄道路線(手宮 - 札幌 - 幌内 …後の手宮線(廃止)、函館本線、幌内線)の一部である。幌内炭鉱をはじめとした沿線の炭鉱から産出される石炭の積み出しのため、小樽や苫小牧、室蘭といった港湾に結ばれていた。
1889年に北海道炭礦鉄道に譲渡された後、鉄道国有法により1906年に国有化され、幌内線となった。
以来、運炭輸送に当たってきたが、炭鉱の衰退に伴って客貨とも輸送量が減少し、廃止対象となった。
なお、1979年度の営業係数は718であった。
1980年の国鉄再建法施行により、1984年に第2次特定地方交通線に指定され、1987年に日本国有鉄道(国鉄)から北海道旅客鉄道に承継された後、同年7月に廃止、バス路線に転換された。
特定地方交通線であり、暫定的なJR移管であったとはいえ、JR移行後、最初に廃止されたJRの路線となった。
旧幌内駅構内及び三笠駅構内は、幌内線をはじめとする北海道の鉄道の歴史を後世に伝えるため、三笠鉄道村(三笠鉄道記念館・クロフォード公園)として活用されている。
路線データ
- 管轄・区間(営業キロ):
- 北海道旅客鉄道(第一種鉄道事業者)
- 岩見沢駅 - 幾春別駅間 18.1 km
- 三笠駅 - 幌内駅間 2.7 km(支線)
- 日本貨物鉄道(第二種鉄道事業者)
- 軌間:1,067 mm(狭軌)
- 全線単線
- 電化方式:全線非電化
- 閉塞方式:タブレット閉塞式(末期の三笠駅 - 幌内駅間は票券閉塞式)
|
|
|