JR北海道 江別駅
江別(えべつ)
函館本線
高砂
→
江別
→
豊幌
所在地
北海道江別市萩ケ岡25番地
駅番号
○
A09
所属事業者
北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線
■
函館本線
キロ程
307.3km(函館起点)
駅構造
地上駅
ホーム
2面4線
乗車人員
2,953人/(2024年)
開業年月日
1882年(明治15年)11月13日
駅種別
直営駅(管理駅) みどりの窓口
話せる券売機設置駅
江別駅
駅名標
出札窓口
ホーム
733系電車
4番線は切欠きホーム
731系電車、711系電車
江別駅(えべつえき)は、北海道江別市萩ケ岡にある北海道旅客鉄道(JR北海道)函館本線の駅である。駅番号はA09。電報略号はエツ。事務管理コードは▲130129。
かつては「利尻」「オホーツク」(夜行便)などの夜行列車や「かむい」「そらち」「なよろ」など札幌を基点とした急行列車が停車していた。
歴史
1882年(明治15年)
6月25日:仮営業開始。
11月13日:官営幌内鉄道の駅として開業。一般駅。
当時既にデルタ線(Y線)と機関車庫を有していた。
会社通(1丁目通)の突当りに建てられた。
1889年(明治22年)12月11日:北海道炭礦鉄道に譲渡。
1890年(明治23年):北有社による江別川橋梁新替に伴う線路変更により、地形上不便になっていたため、停車場位置を変更し札幌側へ約150 m移転。
1893年(明治26年)3月21日:明治23年の移転に伴う改キロ。
1897年(明治30年):転車台設置。
1901年(明治34年):現在地に移転。
1906年(明治39年)10月1日:北海道炭礦鉄道の鉄道路線国有化により、官設鉄道に移管。
1908年(明治41年):富士製紙第五工場(後の王子製紙江別工場、現:王子エフテックス江別工場)建設に伴い、専用線(以下、王子製紙専用線)1.0 km 敷設。
監督機関への届出によると運用開始は1909年(明治42年)2月からであり、総延長は5.53 kmだった。現在の4番のりばに当たる場所から発着していた。紙製品輸送に使用され、当駅から飯田町駅へ向かう貨物列車も運行していた。
1935年(昭和10年):大日本電力(後の北海道電力)江別発電所操業開始に伴い、専用線(以下、北電専用線)を、同年夏頃に敷設完了し、12月19日同発電所建設第一期工事完了及び送電開始とともに運用開始。発電所で用いる石炭を輸送。
1954年(昭和29年)8月18日:帯広市から小樽市に向かう昭和天皇、香淳皇后のお召し列車が停車。駅前奉迎が行われた。
1961年(昭和36年):新発電所建設に伴い、北電専用線を一旦本線に沿って函館方へ向かった後スイッチバックを行い発電所へ向かう線形に変更。延長1.6km。
1968年(昭和43年)8月:函館本線小樽—滝川間電化。
1973年(昭和48年)6月:駅舎改築。RC造平屋となる。
1974年(昭和49年):駅南北間を結ぶ跨線人道橋完成。
1984年(昭和59年)2月1日:専用線発着を除く車扱貨物の取扱い廃止。
1985年(昭和60年)3月14日:荷物の取扱い廃止。
1986年(昭和61年)5月6日:王子製紙専用線廃止。
1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、北海道旅客鉄道(JR北海道)・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅となる。
1990年(平成2年)9月1日:同日実施のダイヤ改正に併せ、次のように構内を改良。
下り本線である1番線(現:3番線)と旧上り本線である3番線(現:2番線)の間に合った下り待避線(2番線、ホームなし)を撤去
旧上り本線であった3番線(現:2番線)を上下副本線(待避線)に変更
上下副本線(折り返し列車発着に使用)であった4番線(現:1番線)を上り本線に変更
1番線の函館方に、従来4番線を発着していた折り返し列車専用の0番線(現:4番線)を新設
1991年(平成3年)3月:北海道電力江別発電所廃止に伴い、北電専用線廃止。
1997年(平成9年)11月1日:日本貨物鉄道の駅が廃止となり、貨物の取扱い終了。
1998年(平成10年)12月9日:自動改札機を設置し、供用開始。
2006年(平成18年)2月8日:バリアフリー化工事完成。
2008年(平成20年)10月25日:ICカードKitaca使用開始。
2014年(平成26年)10月30日:江別駅跨線人道橋架け替え工事完成。
2016年(平成28年)1月7日:キヨスク閉店。
2021年(令和3年)度:話せる券売機を導入。
駅構造
地上駅で、1面2線の島式ホームと1面1線の単式ホーム、単式ホームの一部を切り欠いた切欠きホーム1線、合計2面4線のホームを有する。ホーム間は跨線橋で連絡しており、エレベーターを設置している。
のりば番号は駅舎側から順に4・3・2・1番となっており、4番線は改札から右手に進んだ頭端式(切欠き)ホームになっている。
当駅折り返しの列車は主に2番・4番線から発車する。朝5時半過ぎに当駅始発・札幌方面行き、夜0時過ぎに札幌方面から当駅止まりがあるが、夜間留置は行わない。
1番線が上り本線、3番線が下り本線で、上下本線に挟まれた2番線では通過する特急列車を待避することが可能である。
かつては『えべつやきもの市』開催時に一部の特急列車が臨時停車していたが、現在はすべて通過している。
社員配置駅で、みどりの窓口、自動券売機、話せる券売機、自動改札機を設置している。
かつては中線を1本挟んだ単式と島式の複合ホーム2面3線で、駅舎から近い順に1・2・3番となっていた。
王子製紙専用線の廃止に伴って0番ホームが新設され、後にホーム番号が振り直されている。
のりば
番線
路線
方向
行先
備考
1
■
函館本線
上り
札幌・小樽方面
2
待避列車・当駅始発
下り
岩見沢方面
待避列車
3
4
上り
札幌・小樽方面
当駅始発
夕張鉄道
江別駅
夕張鉄道線
江別
→
北海鋼機前
所属事業者
夕張鉄道
所属路線
夕張鉄道線
キロ程
0.0km(江別起点)
駅構造
地上駅
開業年月日
1930年(昭和5年)11月3日
廃止年月日
1975年(昭和50年)4月1日
夕張鉄道は、北海道炭礦汽船(北炭。以前の北海道炭礦鉄道)が同社の事業用資材や石炭を輸送する目的で1924年(大正13年)に設立された。
1926年(大正15年)に開業した夕張鉄道線では旅客サービスにも力を入れ、1952年(昭和27年)に気動車を導入、さらに翌年には北海道初の液体式気動車を導入した。
1961年(昭和36年)には日本国有鉄道(国鉄)の準急夕張に対抗して急行列車を運行した。気動車による札幌駅までの直通運転を計画し、当時の国鉄に気動車の寄付を前提に札幌への乗り入れを要請するも、国鉄に断られた逸話も残されている。
また、錦沢駅に開設した錦沢遊園地は、夕張随一の行楽地として賑わった。
1962年(昭和37年)頃より、石炭産業の衰退により沿線の炭礦で合理化や閉山が進み、貨物輸送が減り始めた。
加えてバス路線の整備やマイカーの普及、閉山による人口の減少に伴い旅客輸送も激減し、1971年(昭和46年)11月には鹿ノ谷 - 夕張本町間の鉄道営業と鹿ノ谷 - 栗山間の旅客営業を廃止した。
残された江別 - 栗山間も1974年(昭和49年)3月末をもって旅客営業を休止し、親会社の北海道炭礦汽船に譲渡した。
夕張鉄道線は1975年(昭和50年)3月末、沿線で最後まで操業していた北炭平和炭鉱の閉山に伴い、全線が廃止された。
路線データ
管轄:日本国有鉄道(国鉄)
区間(営業キロ):江別 - 夕張本町駅間53.2km
軌間:1,067mm(狭軌)
駅数:19駅(起終点駅を含む)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:なし(全線非電化)
閉塞方式:タブレット閉塞式(江別 - 鹿ノ谷間ではタイヤー式タブレット閉塞器、鹿ノ谷 - 夕張本町間では大同D型閉塞器がそれぞれ使用された)
廃止時交換可能な駅は南幌駅、栗山駅、新二岐駅、錦沢駅、平和駅、若菜駅、鹿ノ谷駅。
最小曲線半径:181.05m
最急勾配:22.73パーミル
軌条:30kgおよび37kg
橋梁:22箇所
隧道:3箇所
機関区及び客貨車区:鹿ノ谷駅構内
工場:鹿ノ谷駅構内
機関車駐泊所:江別駅構内