JR北海道 尾白内駅
尾白内(おしろない)
砂原支線   掛澗 尾白内 東森
所在地 北海道茅部郡森町尾白内町
駅番号 N64
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 函館本線(砂原支線)
キロ程 31.9km(大沼起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員  6人(2018年)
開業年月日 1927年(昭和2年)12月25日
駅種別 無人駅
尾白内駅
尾白内駅
駅名標 待合所
駅名標 待合所
ホーム側から見た駅舎 キハ40系気動車
ホーム側から見た駅舎 キハ40系気動車
旭山動物園号 駅舎は貨車を改造した
旭山動物園号 駅舎は貨車を改造した
尾白内駅(おしろないえき)は、北海道(渡島総合振興局)茅部郡森町尾白内町にある北海道旅客鉄道(JR北海道)函館本線(通称:砂原支線)の駅である。
駅番号はN64。電報略号はオナ。事務管理コードは▲140157。

歴史

  • 1927年(昭和2年)12月25日:渡島海岸鉄道東森仮駅 - 砂原駅間開通に伴い開業。一般駅。現在とは別の場所に位置した。
  • 1945年(昭和20年)1月25日:渡島海岸鉄道国有化に伴い、国有鉄道函館本線の駅となり、旧駅から約250m鹿部駅寄り、旧渡島海岸鉄道線と新線の分岐点手前に相当する位置に移設再開業。
  • 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道(国鉄)に継承。
  • 1960年(昭和35年)6月10日:貨物扱い廃止。
  • 1969年(昭和44年)11月4日:「安全の像」除幕式挙行。
  • 1971年(昭和46年)10月26日:荷物扱い廃止。同時に無人化。簡易委託駅となる。
  • 1976年(昭和51年)頃:簡易委託廃止、完全無人化。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、北海道旅客鉄道(JR北海道)に継承。
  • 1988年(昭和63年)3月:旧駅舎が解体され、貨車改造駅舎が設置される。
  • 2007年(平成19年)10月1日:駅ナンバリングを実施[JR北 1]。

駅名の由来

当駅の所在する地名より。アイヌ語の「オシララナイ[注釈 1]」(川尻・岩・川)に字を当てたものとされる。

駅構造

単式ホーム1面1線を有する地上駅。ホームは線路の北側(森方面に向かって右手側、旧上り線)に存在する。
転轍機を持たない棒線駅となっている。かつては相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、列車交換可能な交換駅であった。
当時は互いのホームは駅舎側ホーム中央部分と対向側ホーム中央部分を結んだ構内踏切で連絡していた。
駅舎側(北側)ホームが上り線、対向側ホームが下り線となっていた(番線表示なし)。上下線共に安全側線を有していた。
使われなくなった対向側の1線は、交換設備運用廃止後は1993年(平成5年)3月までには撤去されていた。
転轍機の形状は上り線からの片開き分岐であった。
森駅管理の無人駅となっている。駅舎は構内の北側に位置しホーム中央部分に接している。
有人駅時代の駅舎は撤去され、その基礎上にワム80000形有蓋車改造の貨車駅舎が設置されている。
側面に窓が設けられ、窓の上にアクセントが付けられ、向かって右より緑・白・緑に塗色されている。
駅舎内にトイレを有するが、閉鎖されて使用不可となっている。
有人駅時代の駅舎は鹿部駅と同形種で、改築前の時点では窓や扉の開口部は板が打ち付けられて塞がれていた。
ホーム上には「安全の像」が設置されていたが、台座のみになってしまっている。駅の標高は4.2mである。

渡島海岸鉄道 渡島海岸鉄道線  
尾白内駅
渡島海岸鉄道線   東森  尾白内 尾白内学校裏
所属事業者 渡島海岸鉄道
所属路線 渡島海岸鉄道線
キロ程 3.1km(森起点)
駅構造 地上駅
開業年月日 1927年(昭和2年)12月25日
廃止年月日 1945年(昭和20年)1月25日
備考 国有化に伴い移転
1925年(大正14年)、国鉄函館本線森駅から砂原村への鉄道敷設が出願される。しかし当初は森駅への乗り入れは認められず、東森仮停車場 - 砂原停車場間の8.3 kmのみに許可が下りた。それから渡島海岸鉄道が設立され1927年(昭和2年)12月25日に開業、蒸気機関車による貨物及び旅客の輸送が開始される。1928年には森駅への乗り入れが認可され、同年9月に工事が完了、森 - 砂原間9.4 kmの全線が開通した。
昭和初期は内浦湾一帯から渡島半島東岸にかけてイワシが豊漁のために大変賑わい、それに伴って輸送実績も好調であった。貨客混合の列車が1日4往復し、1936年からは砂原から鹿部町への乗合自動車も運行を始める。しかし第二次世界大戦から軍需輸送の整備が急務となり、急勾配がネックであった軍川駅 - 森駅間を迂回する「砂原線」(函館本線支線)の敷設が計画された。それと並行する渡島海岸鉄道は、1945年(昭和20年)1月25日に廃線となり、施設等は運輸通信省に買収された。
ただし、丸ごと全てが国鉄線になったわけではなく、渡島海岸鉄道は尾白内 - 掛澗間からは現在の国道278号とおおよそ同じルートを辿っていたのに対し、国鉄砂原線は北海道駒ヶ岳の裾野を少しずつ登るルートをとった。これは渡島海岸鉄道が森と砂原の集落を結ぶ目的で敷設され、一方の砂原線は上述の通り急勾配の緩和による輸送力増強を目的としていたためである。
そのため掛澗駅と砂原駅は函館本線の掛澗駅・渡島砂原駅とは別の駅である。
また尾白内駅は同一ルート上ではあったものの、函館本線尾白内駅よりも300 mほど西(森駅側)にあった。
渡島海岸鉄道時代の尾白内駅は、現在の駅の300mほど西にあった。
跡地は2003年(平成15年)時点では空地になっており、駅舎のコンクリート製の土台と、花壇と思われる土盛りが残存していた。
また、砂原線に転用されなかった線路跡は、2003年(平成15年)時点では駅附近は民家に紛れて不明瞭だが、途中から旧・砂原町の町道に転用されており、さらに国道278号に転用されていた。

路線データ
  • 路線距離(営業キロ):森駅-砂原駅間 9.4km
  • 軌間:1,067 mm(狭軌)
  • 駅数:8駅(戦前) / 10駅(うち停留所5)※起終点駅を含む。
  • 複線区間:なし(全線単線)
  • 電化区間:なし(全線非電化)